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第七話

last update Last Updated: 2025-03-07 11:41:53

「お邪魔して悪かったね。俺は長谷川さんの元上司でね。今日、倒れたと聞いたから様子を見にね」

「そうでしたか。わざわざありがとうございます」

さらりと言葉を発した壮一は、引き出しの中から何かを取り出すと、にこやかな笑みを日葵に向けた。

「長谷川さん、あまり無理しないようにね」

昔から、声をかけてきた人を断るときに向ける、あの笑顔――。

その瞬間、日葵の心がギュッと握りつぶされたようで、息ができなくなる気がした。

「あ……ありがとう……ございます」

何とか声を絞り出すと、震えそうな手で日葵は荷物をカバンにしまう。

「部長、行きましょう。送っていただけるんですよね?」

なんとか平静を装いながら立ち上がり、崎本を見た。

「ああ。行こうか」

「お疲れ様です」

抑揚のない壮一の声が聞こえ、日葵は小さく会釈すると、足早にフロアを出た。

(あの人といると、自分が自分でなくなる)

ずっと昔から、生まれたときから一緒にいた壮一だったのに――。

今は、誰よりも遠く、まるで知らない人のように感じた。

崎本の車が駅のロータリーに着くと、日葵はお礼を言い、降りようとした。

「待って。本当に大丈夫? 俺は家を知ってても押しかけるような真似はしないよ?」

少しふざけたように言う崎本に、日葵は苦笑した。

「そんなことは思っていないです」

どうしても、やはり家まで送ってもらうことをためらってしまった自分に、内心ため息をつく。

「君は本当にガードが堅いな」

その言葉に、日葵自身、どう答えていいのかわからず俯いた。

「他の男たちの間でも有名だよ。絶対に食事にも行けないって―― あっ、悪い」

そこまで言って、崎本は大きなため息をつくと、髪をかき上げた。

「悪かった。少しだけ、そいつらよりは俺のほうが君に近いのかなって思ってしまって」

その言葉に、日葵は考えた。

確かに、崎本と一緒にいると安心するし――

壮一のことを忘れさせてくれる気がしていた。

「それは……」

「いい! 何も言わないで。長谷川の弱さにつけ込んで、返事を聞くのを先延ばしにしてるのは俺だから。もう少し時間をかけさせて」

ふざけているように見せかけつつも、真剣な瞳に――

日葵は小さく頷いた。

「ありがとうございます」

今度こそ車を降りると、日葵は崎本の車を見送った。

駅から徒歩数分のマンションに、日葵は住んでいる。

実家からでももちろん通えるが
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